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<東日本大震災>

2011年3月11日14時46分に発生した東日本大震災から、今年で15年目を迎えます。

地震発生時私は、別の清掃工場で焼却炉の運転管理業務中で、建物の3階にいました。ガラス窓がバリバリと音を立てていたことで異変に気付き、屋外へ避難し始めましたが、階段が左右に揺れていて非常に怖い思いをしました。屋外に避難した後も、暫く街灯が左右に大きく揺れていました。その後、焼却炉は、安全確認点検を実施して、通常運転を再開しました。

地震発生後、鉄道の運行停止や道路の大渋滞の影響により、多くの人が帰宅困難者となりました。地震発生翌日、スーパーマーケットは来店者が殺到し、食料品が底を尽いていました。ガソリンスタンドは、非常時に備え給油を求める車で長蛇の列ができ、ガソリンの購入が難しい状況となりました。また津波により、福島第一原子力発電所では、水素爆発が起き原子炉建屋などが破損し、放射性物質が大気中に放出されました。電気では、電力不足による大規模停電を避けるために、地域ごとに時間帯を決めて電力供給を一時停止する処置(計画停電)も取られました。この措置は、関東地方を中心に2週間程続き、停電時間は1日3時間程度でした。

普段清掃工場は、ごみ焼却で発生する蒸気で、タービン発電機を稼働し発電しています。

震災後は、発電量を増やす対応などで、廃棄物発電として電力不足に貢献しました。

現在、多摩清掃工場では、タービン発電機で発電した二酸化炭素「ゼロ」の電力を構成市である多摩市・八王子市・町田市の公共施設に供給する「電力の地産地消」に取組んでいます。この機会に、「災害時の対応」「環境に良いこと」に関して、考えてみてはどうでしょうか。